前置詞 of についての断章(7)―分離―

前置詞ofについては、日本語の「~の」という訳語があてはまる場合が多く「所属」「所有」という意味でよく使用されます。これは今まで見てきたとおりですが、『ジーニアス英和辞典』(電子辞書版、大修館書店、2002年)のofの項目に解説があるように、原義は「~から離れて」で、そこから「分離」「根源」の意味が生まれましたが、今ではこれらの意味は特定の連語関係を除いてfromに変わる傾向にあります。

現在の辞書の語義の出し方は使用頻度の高いものが先に来るように編集していますから(そして利用者もその方が便利なわけですが)見出し語の意味の歴史的変化は掲載順に意味を追っているだけではあまり気がつかないと思われます。

現在歴史的な意味の変化をそのまま記載している辞書は少なく、学習辞典ではまず頻度順です。『ジーニアス英和辞典』もすでに見たように6つの大きな分類の最初に「所属」があり、その次にⅡ「分離」、Ⅲ「根源」と続きます。(両方とも訳語としては「~から」が挙げられています。例として(to the)north of London「ロンドンの北方に」が出ていますが、文字通りは「ロンドンから北の方に」という感じです。)

英語で最もよく使用される前置詞ofは、元は「(から)離れて」の意味で前置詞・副詞であったようですが、この副詞的な意味は強勢をもつため(強く発音されるため)offとつづられるようになり14世紀ごろからこの形の方がこの意味を担うようになり、17世紀には前置詞ofと、元の意味をもつ前置詞と副詞としてのoffに分化したということです(中島・寺澤『英語語源小辞典』研究社、1970年)。

「語義(senses)は歴史順に記載している」と言うメリアム・ウェブスターの中辞典(Merriam-Webster’s Collegiate Dictionary, Tenth Edition, 1993)のofの最初の2つを見ると次のようにofの後に来る名詞は何らかの出自を示しています(訳は引用者)。

1 計測の基点(a point of reckoning)を示す  north of the lake

2 a 起源、由来(origin or derivation)を示す  a man of noble birth

 b 原因、動機、理由(cause, motive or reason)を示す  died of flu

 c 作者(by)を示す  plays of Shakespeare  

 d 行為者(on the part of)を示す  very kind of you

この後、3「構成要素、部分」を表す語義へと続きます。「所属・所有」は6番目、「分離」を表す語義は7番目、と配置されています。「分離」の記載が遅いのは、ofからこのoffの意味が分化した後も慣用的に残ったため周辺的な用法と考えているからかもしれません。意味を優先するなら歴史的には「分離」を先におく方が分かりやすいと思います。

興味深いのは英語圏の辞書で、歴史順の配置をしていないと言う辞書の語義掲載順もこれに近いことです。まずアメリカのアメリカン・ヘリテージ英語中辞典(The American Heritage College Dictionary, Third Edition, Houghton Mifflin, 1993)では「中心的な、そして最も必要とされることの多い意味を先に」(with the central and often the most commonly sought meanings first)掲載するとして、メリアム・ウェブスターと同様に(ただし、1と2の順序は入れ替わり)出所を示す語義を前に出しています。21語義中8番目に「所属」(belonging)、9番目に「所有」(possessing)です。

イギリスのコンサイス・オックスフォード英語辞典(The Concise Oxford Dictionary of Current English, Sixth Edition, Oxford University Press, 1976)でも「主に歴史的変遷よりも使用頻度と便宜に基づいて」(normally based on frequency and convenience rather than historical evolution)語義を配列する方針を採りますが、8分類のうち最後の8番目に「所属」(belonging, connection, possession)が来ています。

ここには「起点」を表す用法から「関係」の用法へと進む英語圏の辞書と、「関係」を優先し「分離」「根源」を成句、連語関係で捉えようとする日本の英和辞典のofの扱い方の違いが見られます。「から」でまとめようとする英語圏と「の」でまとめようとする日本との違いと言っていいでしょうか。

さて、前置きが長くなりましたが、今回は「起点」としてのof句のとらえ方とその反対の「終点」とも言うべき対象化への転意の用法について見てみましょう。

ジーニアス英和辞典』のofの項、Ⅱ[分離]の最初に[分離・剥奪(はくだつ)・除去]として、

…から、…を

の意味を挙げています。(「成句・固定した連語関係でのみ」と注記。)先に例を挙げた (to the) north of London などが訳語に「から」を用いてなくてもこの意味が生きていることは理解できると思います。(「ロンドンの北方に」の「の」の使用は偶然の一致です。日本語には名詞に付けられる助詞は「の」しかありませんから。)辞書では十分なスペースがないため次のように書かないのが普通です。

free of customs duty 関税から開放されている → 免税の

wide of the mark 的から幅広く離れて → 的をはずれて

4番目の例の

a room bare of furniture 家具のない部屋

が「除去」に近い例ですが、ここではofの後のものから離れていて、あるべきものがない、と対象化している意識(何かから引き離されている)は次の

He robbed me of my money. 彼は私の金を奪った。

に通じる(「剥奪」)感覚です。これについては最初に(2018-04-01)少し説明したように、日本語では「~を」でとらえるほうが自然ですから、bare of furnitureは

家具を欠く、家具をもたない、家具がない

したがって

a room bare of furniture 家具がない部屋 → 家具のない部屋

ととらえるのが合理的です。(ここでも「の」は大活躍でbareを「ない」とするとやはりofは「の」で「furniture(家具)of(の)bare(ない)」でぴったりです!)

それでは次の語義7の「根源・出所」にある

I asked a question of [×to] her. *1彼女に質問をした。

と、「関連」の部類に入る

I reminded him of our dinner this evening. 今晩の夕食のことを忘れないようにと彼に念を押した。

との違いは何でしょうか。(別の分類にする根拠はあるのでしょうか。)

構文に関する問題であまり深入りしたくないですが、対象化の強さが関係していると言っていいでしょう。剥奪の例文、出所の例文、関連の例文の順にof句の文法的機能で書き換えると直接目的語、間接目的語、修飾語に近いと考えられます。すなわち

He robbed me of my money.

彼は私を襲って、金をとる。

I asked a question of her.

私は質問をする。彼女に。

I reminded him of our dinner.

私は彼に思い出させた。夕食について。

最後の例では、まだ食べてもいない「夕食」を思い出すのではなく、それを食べに行くという関連について述べていることに注意してください。

そういうわけで、ジーニアス英和辞典のⅡ[分離]にある訳語の「…を」が適当であることを説明しました。辞書というのはよく考えられている、精読の価値ありということです。

今日はこの辺で。御機嫌よう。

店主

質問はメールで。

メール: akira-sMabelia.ocn.ne.jp (Mの部分を@にかえて送信してください。)

件名: 英語QA

CIMG2411猪

*1:まれ