補語としての前置詞句

以前 have 動詞の記事(2024-02-29)の中で

SVOCのOCの部分には、「人が~する」「何かが~される」を意味する構造が不定詞、分詞、前置詞句等を用いて作られます。

と書きましたが、この項での例には前置詞句の例を入れませんでした。前置詞句を補語として用いた例は

He had his back toward me.
彼は私に背を向けていた。
  ―[使役]として、『プログレッシブ英和中辞典』

などを挙げることができます。また他に、形容詞・副詞が来る例

I have everything ready. 
なにもかも用意できています。
I’ll have your cat down from the tree right away.  
君のネコをすぐに木からおろしてあげよう。
  ―『アプローチ英和辞典』

などもあり、形容詞または副詞も使用されることが分ります。前置詞句が補語の役割を果たす他の例も見てみましょう。

例えば、知覚動詞 notice は、辞書には SVOC の補語として前置詞句使用の例はありませんが、その例が異文化コミュニケーションの教科書にありました。

…, when you travel abroad you may notice Japanese products for sale at local supermarkets, Japanese cars on the roads, and Japanese electronics for sale at department stores.  
  ―『英語学習者のための異文化コミュニケーション』p. 8. 

この文中の次の下線部

you may notice Japanese products for sale at local supermarkets
現地のスーパーマーケットでは、日本の製品が売られているのを目にするでしょう

は形容詞句として、

Japanese products are for sale.
日本の製品が売り出し中である。

また

(you may notice) Japanese cars on the roads
日本製の車が走っている(のを目にするでしょう)

は副詞句として

Japanese cars are on the roads.
日本製の車が道路にある。

と読めます。

副詞は補語とは読まないとする考え方もありますが、ここでは場所を表す句であり具体的な状況での使用ですから副詞という感覚が自然でしょう。したがって、副詞(句)は SVOC の補語に使用されるという指導はこのような知覚動詞による文型では必要です。注意して読んでみると see でもこの形はよくありますから。(他に with 付帯状況でも、with に続く構造を OC とするならよく見かけます。)"-_-" 


引用文献:
伊藤健三・廣瀬和清『アプローチ英和辞典』研究社、1983年
瀬戸賢一・投野由紀夫『プログレッシブ英和中辞典』(第5版)小学館、2012年
トロイ・マコナキーほか『英語学習者のための異文化コミュニケーション』(Intercultural Communication for English Learners in Japan)南雲堂、2017年

 

助動詞 do の考え方

最もよく使用される動詞は be 動詞で、次が have 動詞、続いて do です。これらの動詞の使用頻度は他の動詞を圧倒しています。この理由はもちろん、それぞれ助動詞として使われるからです。ところが、do はその使い方が少し違います。

助動詞としての用法で do が他の2動詞と異なるのは、疑問文の形を見ると分かります。今回はこの点を考えてみましょう。

それぞれ助動詞としての例を比べてみると

(1) 進行形と
a. He is learning English.
b. Is he learning English?
(2) 完了形と
a. He has been to Nara.
b. Has he been to Nara?
(3) 一般動詞と
a. He studies English.
b. Does he study English?

(1) と (2) では、主語の前に助動詞が移動してくるのに対し、一般動詞の場合((3) b.)は突然 does が現れます。この辺りを初学者にどのように説明するべきでしょうか。小学校から何度も疑問文を言っていて慣れているということもあり、あまり問題にされないのは教える側としては有難いことです。

学習の順番としては後に出てくる項目ですが、この文((3) a.)の動詞を強調した形

(4) He does study English.

を基底文とするなら、容易に (3. b.) を得ることができます。

実は、英語の教員養成課程にいた人なら知っているように、深層構造を設定する文法論ではこの (4) と似た構造が発話の前に深層にあると仮定しています。(この構造は他の助動詞[法助動詞]とも並行します。can study, will study など。)

すなわち、深層構造の(作業上の)文(かぎカッコに入れます)

[He does study English.]

が普通の文(平叙文)として“浮上”してくると

He studies English.

疑問文の時には

Does he study English? (= (3) b.)

否定文は((1) a. と (2) a. の文でも同様、助動詞に not を直付けにして)

He does not study English.

とすることができます。(過去の文では[He did study English.]となりますが同じです。)

従来 do/does/did 疑問文・否定文と呼ばれていた文は、この構成法に従うと転倒疑問文(「ひっくり返し」疑問文とも、例えば (1. b.)や (2. b.) 、また法助動詞を持つ疑問文)・直付け否定文(例えば、(1. a.) から He is not learning English. など)と同じ様に説明できて便利です。"-_-" 


参考文献:
投野由紀夫『投野由紀夫のコーパス超入門―コーパスでわかる英語学習のコツ―』小学館、2006年
三原健一・高見健一『日英対照 英語学の基礎』くろしお出版、2013年

 

 

英語の have は他動詞と助動詞

前回の be 動詞を読んだ人(極少数)は予想できたと思いますが、今回は have 動詞について確認したいと思います。動詞句として、完了形をつくりますが、その作り方として

have  +  過去分詞

という説明になるかと思います。この have が現在の時、現在完了と言います。過去を表す時、過去完了、未来の助動詞が前に付くと、未来完了と呼ばれます。前回と同じで、この段階でこの have は助動詞扱いになっているという点はわざわざ言わない場合もあるのではないかと思いますが、辞書でその用法などを確認するときは助動詞という枠になります。

分詞は基本的には形容詞扱いですが、動詞句としての(末尾の)分詞は本動詞扱いで、その前の(法の)助動詞(can, may など)や have 動詞は助動詞扱いとなります(2023-08-25)。

本動詞としての have の意味は次の2つの構造で決まります。いわゆる第3文型と第5文型で、

1   have  + 目的語
2   have  + 目的語 + 補語

1は節構造としてSVO、2はSVOCとよく略記します。目的語をとりますからこの have は他動詞と分類されます。本動詞としての be が自動詞として

SV
SVC

を構成し、have が

SVO
SVOC

をカバーするという仕掛けです。(動詞 give などがもつ第4文型の枠を入れると、基本5文型がこの3つの動詞で構成されます。)

SVOとしての意味は基本的には「もつ」「もっている」で目的語に応じて、具体的な物から抽象的な経験にいたるまで、訳語は変わります。よく使用される「食べる」「飲む」(2021-10-23)や「(子を)産む、もうける」(2021-11-28)についてはメトニミー的な転移もありそうです。また軽動詞としての用法(日本語の「する」にあたる)も注意が必要です(2021-12-29)。

SVOCとしての意味も基本的には「ある出来事/事態」を「もつ」と考えることができるのは、この用法の1つ「経験受動態」(2023-05-05)と同じです。

SVOC の OC の部分には、「人が~する」「何かが~される」を意味する構造が不定詞、分詞、前置詞句等を用いて作られます。この部分の中の行為等を誰がするかで日本語の表現は変わります。(例文は『ジーニアス英和辞典』より。)

1  主語(S)以外の人/ものが何かをする
 a) 主語の意思
  I'll have the maid set up the guest room.
  メイドにゲストルームを用意させましょう。
 b) 主語以外の意思
  He had his wallet stolen on a crowded train.
  彼は混雑した電車の中で財布を盗まれた。
2  主語が行う
  She always has her report finished by the deadline.
  彼女はいつも締め切りまでにレポートを仕上げてしまう。

ここは辞書の訳語から意味をとろうとすると無理があります。ひとつずつ英文を読みながら、構造に沿って、(学習)辞書を見て適当な日本語で表現するべきです。

大学生や社会人の英語学習者の中には小型の実用性の高い英語辞書を使用している人も多いと思います。この種のポケット版とも言える引きやすい辞書では、このような基礎的な分類に関しては(当然ながら)あまり説明はありませんが、上記の構造それぞれに対して使用される訳語を列記していますから(共に使用される語を do, done などで注記しているものも)、適当な訳語を思いつかないときには有用かと思います。

学習辞典であれば必ず have の項は、他動詞と助動詞という大きな区分があるはずです。後者には完了形の用法が記載されていますから、折に触れて参照しない手はないですね。"-_-"   

参考文献:
赤瀬川史朗監修『パーソナル英和辞典』(第3版)Gakken(学研プラス)、2018年
三省堂編修所編『デイリーコンサイス英和辞典』(第9版)三省堂、2016年
南出康世・中邑光男編『ジーニアス英和辞典』(第6版)大修館書店、2023年

 

 

英語の be は自動詞と助動詞

英語の be 動詞は動詞句として、進行形、受動形をつくりますが、その形については

be  +  現在分詞
be  +  過去分詞

という説明になるかと思います。この段階でこの be は助動詞扱いになっているという点はわざわざ言わない場合もあるのではないでしょうか。生徒が、動詞が後ろにあるのに、また動詞が要るんですか、と聞くのも無理はありません。この be は他の動詞と同じように活用し(am, are, is, was, were)、助動詞が付く(will be)のですから。

分詞は基本的には形容詞扱いですが、動詞句内の末尾の分詞は本動詞扱いで、その前の(法の)助動詞(can, may など)や be 、have 、及びその活用形は助動詞扱いとなります(2023-08-25)。

したがって、動詞句の一番後ろに be があるときだけが、本動詞としての be で、意味は次に見るように基本的には2つです。

そこで、簡単に見分ける方法はやはり、辞書に頼ることになります。学習辞典であれば必ず be の項は、自動詞と助動詞という大きな区分があるはずです。後者には上記の構造の説明と用法の説明がありますから、ここでしっかり生徒に確認してもらうべきです。(現在、辞書の使用は中学校でも指導することになっています。)

大学生や社会人の英語学習者の中には小型の実用性の高い英語辞書を使用している人も多いと思います。(収録語彙数は8万前後で学習辞典より日常語彙・熟語は豊富に収録されています。)この種のポケット版とも言える引きやすい辞書では、このような基礎的な分類に関しては(当然ながら)あまり説明はありません。

試しに手元にある、2種類の小型辞書(スマートフォンサイズ)を見てみると

be  自動詞 助動詞 …である;(ある場所・位置・状態に)ある、いる;存在する;そのままにある;起こる;挙行される;…している;…される
  ―『パーソナル英和辞典』

be  vi, aux v  …である ▪ ある、いる、存在する(exist)▪ 催される
  ―『デイリーコンサイス英和辞典』

一見、手抜きのように思われるかもしれませんが、実は両辞書とも意味は十分伝えています。学習辞典を見ればわかるように、自動詞の意味は

1  ある、いる
2  である(です)

の2つで、1は存在を表す、文型としては SVの用法、2は日本語の「A は B です」を表す、文型としては SVC の用法です。どちらの辞書も「存在する」を出しているのは、本来の意味を残して、その場でより分かりやすい語に頼る言い換えです。

God is.  神は(本当に)存在する
  ―『ジーニアス英和辞典』

など、ふつうは場所を表す補足的な語句が必要なところ、それがない形の時「ある、いる」では意味が弱いために、情報量の多い漢語表現を使って自然な文となるように訳語を変えているというわけです。

『パーソナル英和辞典』にある「…している;…される」は助動詞の用法の進行形と受動形に対応した訳語(後者は受動態をつくることを思い出させる仕掛けとして)ですが、『デイリーコンサイス英和辞典』では「…である」で兼ねています。進行の意味、受動の意味は後ろの分詞から出てくる意味ですからそこから理解されます。しかし、文法上はこの場合助動詞扱いですから、それに配慮して aux v(助動詞)という標識は付けてある、ということになります。

「起こる」「催される」なども上記と同じ言い換えですが、「ある」では十分伝わらないこれからの出来事(の未来性)を補足している表現と言えます。(他にも時間の継続を意識した場合など、訳語を変える方が分かりやすいのです。)しかし、その意味でも「ある」という日本語で言えることは例えば、『岩波新英和辞典』からの5番目の意味としている

5  (ある時・所で)起る、行われる

にある例文

Where is the show?  ショーはどこであるか。

でも窺うことができます(他辞書にも例あり)。「行く」「来る」の訳語を挙げている辞書もありますがこれも基本的には「いる」から来ていると考えることができます(2023-03-30)。一度愛用の辞書で be の項を全部読んでみるのも楽しいでしょう。

助動詞としての用法も学習辞典ではしっかり説明していますから、折に触れて参照しない手はないですね。"-_-"   


引用文献:
赤瀬川史朗監修『パーソナル英和辞典』(第3版)Gakken(学研プラス)、2018年
三省堂編修所編『デイリーコンサイス英和辞典』(第9版)三省堂、2016年
中島文雄・忍足欣四郎編『岩波新英和辞典』岩波書店、1981年
南出康世・中邑光男編『ジーニアス英和辞典』(第6版)大修館書店、2023年

 

 

目次

ここ2年の記事を入れて目次(3)をつくりました。同じタイトルの記事は以前の目次 (1)、(2) からサブタイトルと発表日を確認できます。目次の (1)、(2) はリンクしています。

カテゴリ
はじめに
  英語カフェ開店(「不定詞」の「不定」とは?)  2017-05-01  

Q & A
  1 基本文型は100ぐらい覚える?  2017-06-25  
  2 不定詞の用法の見分け方
  (1)2017-08-30 ~(4)2017-12-04   目次(1)
  3 「~するために忙しい」はbe busy to DO STとなぜ言わないか  
   2018-0101  
  4 「~から作られる」はbe made ofかbe made fromか  2018-03-01
  5 「~ていた」は過去形(過去時制)の訳としていいか
  (1)2018-10-01 ~(2)2018-11-01
  6 仮定法の見分け方  2019-05-01 
  7 名詞の前の分詞と動名詞について  2019-10-12  
  8 不定詞の結果用法をもつ疑問文  2019-12-27
  9 不定詞句を主格補語にもつ文について  2020-01-31
  10 強調構文のthatについて  2020-02-27  
  11   英語の勉強に必要なもの  2020-04-29
  12 句レベルの表現について  2020-05-31  
  13 現在完了継続用法の訳文内の「~した」について  2022-05-30  
  14 What do you think? の What について  2022-07-31  
  15 補語を持つ動詞soundの「聞こえる」について  2023-01-31  

辞書を読む
  前置詞ofについての断章
  (1)2018-04-01 ~(12)2019-08-07   目次(1)  
  前置詞 for の用法について
  (1)2020-08-31 ~(7)2021-02-25  目次2       
  擬音語を使った表現  2021-07-31  
  前置詞 in の用法(1)  2022-06-30  
  前置詞 in の用法(2)  2022-09-30  
  前置詞 in の用法(3)  2022-10-29  
  前置詞 in の用法(4)  2022-11-30  
  前置詞 in の用法(5)  2022-12-25  
  語彙を強化するには  2023-09-30
  楽器の the について  2023-10-30

コラム
  開店休業(「公用語パラドックス」)  2017-06-01  
  不定詞句の意味はどこから  2017-07-29  
  英語の「なぜ」から入る英語の内面史  2021-04-29  

英語サークル広告
  「各務原英語精読会」のご案内  
   2017-11-15 ~ 2019-09-11  目次(1)  
  「各務原英語精読会」休会のお知らせ 
   2020-03-30 ~ 2021-03-30  目次2  

英文法余聞
  形容詞をもつ分詞構文(?)  2021-05-29  
  テイルの干渉  2021-06-29
  Where で始まる節構造  2021-08-29  
  存在文の補語  2022-01-30  
  主語と述語  2022-02-28   
  被害の受身とhave 動詞  2023-05-05
  関係詞としてのwhatについて  2023-06-27
  動詞句の構造  2023-08-25

未分類
  辞書の使い方  2021-09-30  
  英語の基本語とメトニミー  2021-10-23  
  「出産する」の英語  2021-11-28  
  スルを英語にする  2021-12-29  
  依頼文の間接性について(1)  2022-03-31  
  依頼文の間接性について(2)  2022-04-30  
  自動詞としてのgetについて  2023-02-28
  「行く」「来る」を表すbe動詞について  2023-03-30
  テキストデータだけを取り出す方法  2023-04-29
  日英語の呼びかけ語  2023-07-31
  I hear のメトニミー  2023-11-29

目次
  目次(1)  2019-11-17 
  [2019-11-17以前の「未分類」は「辞書を読む」に変更します。]
  目次2  2022-08-29
  目次(3)  2023-12-30

  "-_-"

 

 

I hear のメトニミー

メトニミーは、簡単に表現すると、ある概念をそれと関係を持つ別の概念と結びつける、言語上の認知過程、と言えるでしょう。場所に例をとるとハリウッドでアメリカの映画を指す場合、人名ではシェイクスピアでその人の書いた戯曲や詩を意味する場合などです(Metonymy,  p. 1)。名詞に限らず、動詞にも同類の過程を見ることができます(2021-10-23)。

最近目に付いた、動詞の時間関係のメトニミーについて考えてみましょう。(例文は『基礎と完成 新英文法』p. 80から。)

John tells me he is moving from No. 20.
ジョンは20番地から転居すると言っている。
I hear Mary has gone into hospital.  
メアリーは入院したと聞いている。

のように、現在形(tells、hear)で時制上は現在完了、過去を表す言い方があります。この構造は、話し手が今から話題にしたい内容が現在と深くかかわるところから、現在の時間に引き寄せている表現で

  1  過去              現在
  2  言った/聞いた      知っている
  3  told/ heard                    
  4                             tell/ hear        

現在の時間を重視して、動詞の「聞く/言う」という意味内容だけ現在時に滑らせていると考えられます。(3の時間構造を4で代用しています。下線の部分。)このような伝達動詞(「発信動詞」「受信動詞」)には、言った/聞いたという過去の行為なくして、そこで伝えられる内容を発言することはできない、という文脈があります。しかもここでは必ず1人称(私)が関与しなくてはなりません(『現代英文法講義』p. 89)。

日本語でも

ジョンは20番地から転居すると言うから驚いた。
メアリーは入院したと聞くが大丈夫か。

など、文脈によっては現在形も可能ですが、ふつうは上記のようにテイルという形で表現されます。ここには完了の意味が含まれている、という点では英語と異なります。このような時制構造内のメトニミーは完了形を過去形で代用するという現象にも見られます。(ただしアメリカの口語とされます(『基礎と完成 新英文法』p. 95)。

You missed him.  He just went out.  
会いそこねましたね。今出かけたところですよ。

ここには今いないという現在時が文脈で示され、

  1  過去            現在
  2  出かけた          いない
  3    has gone out       
  4  went out 

過去から現在につながる時間が過去時で表現されています。3を4の形式で表現している、という点でメトニミー的な表現法と言えるでしょう。

よく見ると確かにメトニミーは至るところにある(Metonymy is everywhere.)ようです(Metonymy, p. 197)。"-_-" 


参考文献:
安藤貞雄『現代英文法講義』開拓社、2005年 
安藤貞雄『基礎と完成 新英文法』(新装版)開拓社、2021年
Jeannette Littlemore, Metonymy: Hidden Shortcuts in Language, Thought and Communication, Cambridge University Press, 2015.  

 

 

楽器の the について

英語の定冠詞に関して教えるとき、日本語で「その」は言わない場合が多いため、特に中学校では説明に困ることがあります。それもある程度文脈で特定できる名詞を言う場合はまだしも、文脈が希薄化している用法ではいくらかその文脈を説明・補足する必要があるようです。

We keep a dog.  We are all fond of the dog.  
私たちは犬を1匹飼っている。みんなその犬が好きだ。

では、指示されるものが文に出ています。また

Please shut the window.
窓を閉めてください。

ではその場面に(部屋に)ある窓だと分かります。特定できるということになります。(上記の例文と次の2例文は『基礎と完成 新英文法』から。)

ところが、総称的表現とされる

The dog is a faithful animal.  
犬は忠実な動物である。

は特定の「犬」ではありません。また、社会的な文脈を読むとされる

The young are less patient than the old.  
若者は、老人ほど忍耐心がない。

などは、文脈はすぐには思い浮かびません。上記の2つの用法は

「ある種全体を他の種と区別する」

用法と文法書では説明されています(『基礎と完成 新英文法』p. 458)。

定冠詞は

常に「その」という指示性をもっている。そこで、文脈または場面から聞き手にそれとわかるものにつけられる。(同書、p.235。下線も同書。)

と考えられますから、上記の「総称的」用法、「社会的」用法も文脈が想定されています。前者の文脈は動物の種類(犬、猫、馬、牛など)の分類の枠で、後者の文脈は社会を構成する年齢層(若年層、中年層、老年層など)です。それぞれ、その中の「犬」、「若い人々」というそのグループを指し示します。その指示性が the で表示されるというわけです。

ここで、初級段階で(おそらく)次のように対照して暗記している表現について考えてみましょう。

楽器(例えばピアノ)を演奏する → the をつけて → play the piano  
スポーツ(例えばサッカー)をする → 無冠詞で → play soccer  

スポーツ競技に関しては、これといった枠がない抽象的な行為を表しますから抽象名詞化していると考えると無冠詞です。それに対して、ピアノは「これです」と示せる、触れることができる具体的なものです。これには冠詞の必要を感じます。

このピアノのような定冠詞の使用は上記の「総称的」・「社会的」用法と同じように文脈を考えると、「異種集合での限定化」と捉えることができます(『謎解きの英文法 冠詞と名詞』pp. 18-24)。誰かがピアノを買って、それを売ってしまった、というような場合は、

He sold the piano to his friend.  

このピアノは特定のピアノで、この限定化は同類のピアノというものの中の特定の一台ということになります。ところが、

He plays the piano very well.

と言うときは、他にも楽器がある中で(バイオリンではなく)ピアノというものを上手に弾く、という意味にとれます。ここで、「・・・というもの」という言い方をしますが、実はこれはある集合内の1つの成員を指示する用法です(「ピアノという楽器」、「犬という動物」)。ここでは「その」は使えないのです。

日本語にも選択を表す表現に「・・・の方(ほう)」というのがありますが、これはどうも二者択一の響きがあり、普通の状況ではあまりうまく表せるとは言えません。(「彼は(バイオリンではなく)ピアノの方を弾きます。」(?) 因みに、日本語でも、「主題」のハに the が対応するように、この「対照」の用法でも助詞ハが使用されます。例えば、「バイオリンは弾きますが、ピアノは弾きません」のように。)

他にも、集合内の1つの成員を指示する用法として

in the morning 
in the afternoon 
in the evening 

のような言い方があり、ここでの the も同じ用法で、「午前/午後/夕方の方の時間帯」にという具合に他の時間帯を意識した表現から慣用化したと考えられます。「夜に」と言うときには at night と冠詞なしですがここでは時間帯の「集合」は頭にないのかもしれません。

唯一のものを表す the とされる the sun、the moon も普通名詞扱いですから(火星 Mars、金星 Venus は固有名詞で無冠詞)、天空にある「太陽」の方、「月」の方と「異種集合での限定化」と考えられないこともありません。(朝になって「「太陽(の方)」はもう出ているよ」など。)

この用法に関しては辞書(『ジーニアス英和辞典』(第6版) など)にも説明がありますから学習辞書は有用です。"-_-"


引用・参考文献:
安藤貞雄『基礎と完成 新英文法』(新装版)開拓社、2021年
久野暲・高見健一『謎解きの英文法 冠詞と名詞』くろしお出版、2004年
南出康世・中邑光男『ジーニアス英和辞典』(第6版)大修館書店、2023年