楽器の the について

英語の定冠詞に関して教えるとき、日本語で「その」は言わない場合が多いため、特に中学校では説明に困ることがあります。それもある程度文脈で特定できる名詞を言う場合はまだしも、文脈が希薄化している用法ではいくらかその文脈を説明・補足する必要があるようです。

We keep a dog.  We are all fond of the dog.  
私たちは犬を1匹飼っている。みんなその犬が好きだ。

では、指示されるものが文に出ています。また

Please shut the window.
窓を閉めてください。

ではその場面に(部屋に)ある窓だと分かります。特定できるということになります。(上記の例文と次の2例文は『基礎と完成 新英文法』から。)

ところが、総称的表現とされる

The dog is a faithful animal.  
犬は忠実な動物である。

は特定の「犬」ではありません。また、社会的な文脈を読むとされる

The young are less patient than the old.  
若者は、老人ほど忍耐心がない。

などは、文脈はすぐには思い浮かびません。上記の2つの用法は

「ある種全体を他の種と区別する」

用法と文法書では説明されています(『基礎と完成 新英文法』p. 458)。

定冠詞は

常に「その」という指示性をもっている。そこで、文脈または場面から聞き手にそれとわかるものにつけられる。(同書、p.235。下線も同書。)

と考えられますから、上記の「総称的」用法、「社会的」用法も文脈が想定されています。前者の文脈は動物の種類(犬、猫、馬、牛など)の分類の枠で、後者の文脈は社会を構成する年齢層(若年層、中年層、老年層など)です。それぞれ、その中の「犬」、「若い人々」というそのグループを指し示します。その指示性が the で表示されるというわけです。

ここで、初級段階で(おそらく)次のように対照して暗記している表現について考えてみましょう。

楽器(例えばピアノ)を演奏する → the をつけて → play the piano  
スポーツ(例えばサッカー)をする → 無冠詞で → play soccer  

スポーツ競技に関しては、これといった枠がない抽象的な行為を表しますから抽象名詞化していると考えると無冠詞です。それに対して、ピアノは「これです」と示せる、触れることができる具体的なものです。これには冠詞の必要を感じます。

このピアノのような定冠詞の使用は上記の「総称的」・「社会的」用法と同じように文脈を考えると、「異種集合での限定化」と捉えることができます(『謎解きの英文法 冠詞と名詞』pp. 18-24)。誰かがピアノを買って、それを売ってしまった、というような場合は、

He sold the piano to his friend.  

このピアノは特定のピアノで、この限定化は同類のピアノというものの中の特定の一台ということになります。ところが、

He plays the piano very well.

と言うときは、他にも楽器がある中で(バイオリンではなく)ピアノというものを上手に弾く、という意味にとれます。ここで、「・・・というもの」という言い方をしますが、実はこれはある集合内の1つの成員を指示する用法です(「ピアノという楽器」、「犬という動物」)。ここでは「その」は使えないのです。

日本語にも選択を表す表現に「・・・の方(ほう)」というのがありますが、これはどうも二者択一の響きがあり、普通の状況ではあまりうまく表せるとは言えません。(「彼は(バイオリンではなく)ピアノの方を弾きます。」(?) 因みに、日本語でも、「主題」のハに the が対応するように、この「対照」の用法でも助詞ハが使用されます。例えば、「バイオリンは弾きますが、ピアノは弾きません」のように。)

他にも、集合内の1つの成員を指示する用法として

in the morning 
in the afternoon 
in the evening 

のような言い方があり、ここでの the も同じ用法で、「午前/午後/夕方の方の時間帯」にという具合に他の時間帯を意識した表現から慣用化したと考えられます。「夜に」と言うときには at night と冠詞なしですがここでは時間帯の「集合」は頭にないのかもしれません。

唯一のものを表す the とされる the sun、the moon も普通名詞扱いですから(火星 Mars、金星 Venus は固有名詞で無冠詞)、天空にある「太陽」の方、「月」の方と「異種集合での限定化」と考えられないこともありません。(朝になって「「太陽(の方)」はもう出ているよ」など。)

この用法に関しては辞書(『ジーニアス英和辞典』(第6版) など)にも説明がありますから学習辞書は有用です。"-_-"


引用・参考文献:
安藤貞雄『基礎と完成 新英文法』(新装版)開拓社、2021年
久野暲・高見健一『謎解きの英文法 冠詞と名詞』くろしお出版、2004年
南出康世・中邑光男『ジーニアス英和辞典』(第6版)大修館書店、2023年