語彙を強化するには

語彙を増やす方法ということになると、第一に造語成分を多く覚える、という方法があります。漢字の部首(偏 (へん)、旁 (つくり)、冠 (かんむり) など)を覚えることで漢字の構成を知り効率を高めるのと同じです。英語学では形態素(意味の最小単位)と言って、例えば、次のように分けられます(例は『日英対照 英語学の基礎』p. 34)。

un-differ-ent-iat-ed-ness  「区別されていないこと」  

という語は、まず differ(異なる)という動詞に形容詞を作る接辞 –ent を付けて、それをさらに動詞にする接辞 –(i)ate(させる)により、differentiate(区別する)が作られます。この動詞に、過去分詞(受動の意味)とする接辞 –ed を付けて、「区別されている」differentiated となり、これを否定する接辞 un- で「区別されていない」undifferentiated が得られます。最後に名詞にする接辞 –ness を追加し上記の意味になります。

前から意味を追加する接頭辞(un-)と後ろから意味を加える接尾辞(-ent、-ed、-ness)の知識が必要となります。この要素はアクセントの位置を知る手掛かりにもなりますから、参考書によってはアクセントのルールの解説に記載しているものもあります(『基礎と完成 新英文法』)。一覧を見ることももちろんできますが(『英語便利辞典』pp. 420-424)、辞書に記載がありますから、必要に応じてその項を見るのが便利です。(電子辞書では検索時ハイフンは無視します。)

単語の中心的な意味を担う、それ以外の要素に関してはこれも一覧で見ることもできます(上記辞典、pp. 408-420)が、出会った単語から少しずつ学習していくのが効果的です。この場合フランス語、ラテン語、(古典)ギリシア語を起源とする造語要素が多くなりますから、英語の語彙に加えて古い造語要素の意味を覚える必要があります。ここで実は役に立つのは日本語の中のカタカナ語です。カタカナ語の方は日本語の中で本来の意味からずれているものが多いですが、それぞれの語の音が近似の意味と結びつけてくれますからこれらの知識を利用しないという手はありません。

したがって、語源活用とカタカナ語の利用で語彙を増やすという方法が有効であると言えるでしょう。ただし、その要素を構成する文字数が少ない場合は、あまり強く印象づけられませんから、単語内にその要素があるかを知るためには語源辞典または語源を各語の項に記載している辞典があると便利です。学習辞典や、学習者用英英辞典(monolingual dictionary)はあまりこの点では役に立ちません。(American Heritage Dictionary のポケット版[日本の学習辞典と同じ新書サイズ、ペーパーバック]は項目末尾に簡潔な説明があり便利です。)

カタカナ語の知識の活用については、例えば、「ポータブル」という語や、(ホテルなどの)「ポーター」を知らない人はないでしょう。このポートという部分がラテン語の「運ぶ」(carry)という意味の port-are (-areは不定形語尾)から来ていると関連づけると、transportation「越えて(trans-)もの・人を運ぶこと」(ラテン語から)や portfolio「書類運び(書類を運ぶもの)、書類(folio)などを入れて運ぶ入れもの」(イタリア語経由)、 portmanteau「外套/マント運び(外套を運ぶもの)、(外套が入るほどの)旅行鞄」(フランス語経由)を難なく覚えることができます。

すでに日本語に「エアポート」「レポート」は入っていますから、単語暗記という点ではあまり役に立ちませんが、港の「ポート」が「もの・人を運び込む場所」で、水路の時代の「出入口」(現在は空路の出入口で「エアポート」)、re-portが「後戻りして(re-)何かの情報を持ち込む」と知っていると、最近のインターネット上の検索「ポータル」も「情報の出入口」と推測できます。(ラテン語の「門」porta から。)

というわけで、語源や造語成分を利用して語彙を増やすことを勧める本は、今後英語を学習する人にとっては非常に有用です。このような視点から単語を見る場合は、電子辞書のようなデジタル的なものは楽しくありません。紙の辞書で、検索語以外の前後の単語やその意味も見えるような(アナログ的な)辞書が役に立ちます。(しかも赤でマーキングしておくと次の検索時に便利です。)

最近語源活用を謳っている本が目に付きますが、語学に関わっている人々にとっては普通のことですので、あまり手に取って見ていません。昔、このような知識が必要であることを教えてくれた本(多数あります)の中で、印象に残っている3冊を以下に書いておきます。もちろんこれ以外にもいい本はありましたが、この3点は読みやすく手ごろな大きさだと思います。"-_-"   

今里智晃『英語の語源物語』丸善丸善ライブラリー)、1997年
佐久間治『英語の語源のはなし』研究社出版、2001年
渡部昇一『英語の語源』講談社現代新書、1977年


引用・参考文献:
安藤貞雄『基礎と完成 新英文法』(新装版)開拓社、2021年
小学館外国語辞典編集部編『英語便利辞典』小学館、2006年
増田貢『英語形態論』篠崎書林、1978年
三原健一・高見健一『日英対照 英語学の基礎』くろしお出版、2013年